−この本を手にとってくださったあなたにお聞きしたいのです−

という副題がついています。

この本を手にとった私、医療者ではないので「わからない」「むずかしい」という部分も多いですが、殺人か?殺人ではないか?と問われれば(須田医師の主張を信じれば)、「殺人ではない。」と思います。

「川崎協同病院事件」「須田セツ子(医師)」と検索すれば、事件の概要はすぐにわかると思います。

ぜん息患者のAさんが重い発作で一時心肺停止、蘇生後も昏睡状態が続きました。
気管内チューブを抜いて欲しいと家族に頼まれて、家族全員の前で抜管しましたが、予想外にAさんが苦しんだために、その苦しみを取り除くために「筋弛緩剤」を投与しました。家族に見守られてAさんは亡くなり、Aさんの奥さんからも「お世話になりました。」とお礼を言われました。

事件に発展したのは3年後!

裁判では「安楽死」が容認される要件に合致しない、殺意をもって「筋弛緩剤」を投与したとして、有罪になってしまいました。

須田医師は、これはいわゆる「安楽死」ではなく「延命治療の中止」と主張します。
また、「筋弛緩剤」の投与も呼吸を止める目的ではなく、微量をゆっくりと点滴で投与することで、顔面筋や喉頭筋に作用して、喉の力を抜いてあげられると思って投与した、とします。

「延命治療の中止」はどのような場合を言うのか?どのような場合に認められるのか?という基準を示すことなく、須田医師の一連の行為を有罪とした裁判所の判断に疑問を投げかけておられます。

筋弛緩剤の投与だけを取り上げるのではなく、抜管からの一連の行為が違法かどうかを判断すべきと裁判所は言います。
しかし、その一連の行為は「積極的な治療をせず、患者さんの力にまかせる」という「延命治療の中止」にほかならない。したがって、今後は延命治療の中止が殺人罪に問われる余地を残す判決になってしまった。
そのように須田医師は考えておられます。

また、一度容疑者になってしまうと、自分の主張を述べる場面がほとんどない。どんどん、不利な方へと進んでしまう・・
鈴木宗男氏、株式会社キャッツの粉飾決算に加担したとされる公認会計士・・本を出版して訴えるしか方法がないのでしょうか。

医療に係る難しいことはわかりませんが、脳死を人間の死として本当によいのか、延命治療の中止の決定を家族がしてもよいのか、そもそも死ぬ権利は認められるのか・・・はっきりと線引きするのが難しい問題なのだと思います。

でも、線引きしていないからこそ、「後付け」で殺人罪に問われる可能性があり、医療の現場はますます萎縮してしまうことになるのでは・・という気がします。

私の母はすい臓がんで治らないことはわかっていました。最後の入院の途中で「人工呼吸器、心臓が停止したときのマッサージ等の延命措置を希望されるか?」と聞かれ、ご家族の意見も聞いておいてくれと言われました。
ひじょうにラフ・・というか、立ち話程度で聞かれましたね〜。その後、父と兄に意見を聞き「延命措置は必要ない。」と口頭で意思を伝えました。
医師からは「では、お母さんの力にまかせる、ということで・・。」と言われました。

後になって、「1日1分1秒でも長く生きて欲しかったのに、何もしてくれなかった!」とごねることが可能・・ということでしょうかね?
末期がんの母とAさんの場合の違いもよくわからないけど・・やっぱり違うのかな?筋弛緩剤も使っていないし(一連の行為とは言ってもやはり「筋弛緩剤」使用がポイントになったことには違いないと思います)。

意識もないし、素人目でも「もうあかん。」とわかったので、こんなに苦しそうな息をしている母をいつまでも生かしているよりは、(治ることはないのだから)早く楽になって欲しいなと思いました。

それが、母の希望だったか??・・もちろんわかりません。

テレビでも須田医師のことは取り上げられていて、診療所で裁判中もずっと患者さんを診ておられる姿を拝見しました。
患者さんの多さからも、須田医師がいかに信頼をされているお医者様であるかがわかりました。
患者さんのためにも、須田医師がずっとお医者様でいられるよう、私は願っています。

私がしたことは殺人ですか?

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