ここ数日、あることのなりゆきをじぃ〜と見守っている。この本にまつわるアレコレを。故やしきたかじん氏をめちゃくちゃ若い奥さんが看取ったことは知っていたし、こちら(関西)ローカル番組ではたかじん氏に近いタレントが奥さんのこと話していたのを聞いたし、まったくもって悪い印象とか持ってなかった。
まぁ・・・いつまで「たかじん」の冠番組が続くんかな〜〜たかじん氏が居なかったら意味ないのに〜〜とは思ってたんですけどね。

一方、百田尚樹氏。初めて読んだのは「影法師」。まぁ、おもしろいと思った。
そして、「永遠の0」。グイグイ読ませてくれるのはイイのだが2冊目にして、さぁ〜〜ここからやでぇ〜くるでくるでぇ〜さぁさぁここ!泣けっ!みたいな感じが鼻につき始め(泣かせようとするあまりに筋が読める)・・「至高の音楽」を最後に、もう読む気はなかった(「永遠・・」「至高・・」の2冊は老父が購入したから読んだけど、買ってまでは読まなかっただろう)。
読む気が失せたのは、百田氏に対する印象が最近悪くなってきた・・というのもある。Twitter上の話ですが
表現の自由と言われたらそれまでやけど、なんというかなぁ・・品がないというか。土井たか子氏が亡くなった時のツイートもなんというか。

そうこうしているうちに、この「殉愛」が出版された。その直前に「中居正広の金曜日のスマ達へ」(金スマ)で、この本の内容の再現ドラマをしたり若い奥さんと百田氏が登場したりしたそうだ。で、多くの人が感動したり、逆に違和感を持ったりしたらしい。

ワタシは話題本をつい買ってしまう老父に期待している(爆)
もし、実家にあれば読むと思う。やはり・・・買ってまでは読まないな。

なぜか・・

まず「殉愛」というタイトルでいきなり躓いた。なんだろう・・気持ち悪い。
本紹介でたかじん氏の最期の姿が描かれているのがわかる。誰しも身内を看取っている。死ぬ前には皆、少なからず弱くなり、わがままになり、アホになり、汚くなるだろう。母もそうであった。
関西では強烈であった「やしきたかじん」のイメージを全国区で覆さなくてもなぁ・・と思った。
遺産目当てとか言われている奥さんを守るため?に真実がここにあると伝えたくて出版したという話もあるようだが、ワタシはそんなドロドロなんて知らず、今回の騒動で知っちゃった。
奥さんが「手記として」出版すればよかったのに。ベストセラー作家百田氏が書いて出版するところにイヤラシさを感じてしまう(これはワタシの好き嫌いです)。

Amazonのカスターマーレビューがすごいことになっていて、ここを読めば騒動の内容はわかる(苦笑)。
当初、★5と★1は拮抗していたけど、今や★1が6割。
たかじん氏のメモが奥さんによる偽装?という説もあるし、もう何が何だか真実はわからないので、冒頭に書いたようにとりあえず、ことのなりゆきを見守っている。興味あるしね。

この「殉愛」という作品は百田氏が300時間というとてつもない時間(若干嫌味)を費やして取材したノンフィクションだそうだ。ある作詞家(たかじん氏のヒット曲も書いた)は、自分の詞もこの本に引用されているが取材は受けていないと述べている。他の関係者のラジオでの言い分も真っ向対立。
百田氏が奥さん他少人数の人だけに聞いた話のみをもとにノンフィクションを書いたとすると疑問を感じる。

吉村昭氏が第二次世界大戦に関する小説を書かなくなったのは、証言をする人が病気になり、亡くなり・・と激減したことによってだった。また、ある事実について書くには少なくとも3人以上の人から話を聞いて、確かなら書いた。それほど人間の記憶は曖昧なものだと取材の中で感じていたからだ。
(「殉愛」はたかじん氏が亡くなって10か月(!)での上梓だから、記憶は曖昧になっていないということかしら・・・)
そして、歴史小説を書き始めてからも、史実を曲げないことをポリシーとして、想像で書く部分についてもできる限りの史料に基づいたものとした。
さらに、後から史料が出てくる等、書いていたことが史実と違っていた場合は、それを文庫版のあとがきなどで述べて謝罪している。

★1レビューに「恥を知れ!」とTwitterで激怒する百田氏・・・アカン、比較したらアカン・・

何はともあれ、たかじん氏の最期の数年が、痛く、苦しく、しんどい中でも若い奥さんが一緒にいて寂しくなく、幸せであったことを信じたいかな。特にファンではなかったけど、やっぱりおもしろかった。
どうなんでしょ?