真実はひとつ昨日はたかじんさんの長女さんが、「殉愛」発行元の幻冬舎に対して当該出版物の出版差し止め等を求めた訴訟の第1回口頭弁論の日だった。
スポニチアネックスによると、原告(長女さん)の代理人だけが出廷。被告の幻冬舎はこの日までに地裁に提出した答弁書で、訴状に対する認否を留保、裁判の争点を設定できず、次回2月20日に持越したらしい。長女さんが用意した陳述書も提出せず・・・とのこと。

訴えの提起から昨日まで、結構日数あったと思うのだが、訴状に対する認否を留保って・・
幻冬舎、引き延ばし作戦でしょうか!?この間に少しでも売ろうとか!?

前回、百田先生の言い分を長々と載せたんで、ほとんど人が来ないBlogとはいえ(苦笑)、長女さんの叫びも載せたい。

[代理人が明かした長女の陳述書要旨]
 「私は(昨年)1月3日に父を亡くしました。子供の頃に母を亡くし、父は唯一の肉親でした。父のことが大好きでしたし、電話で何度もやり取りをしていました。心の中に父がいつも父が居る。私を思ってくれるという確信があり、それがわたしの何よりもの安心感でした。
 父は私が滞在した中国の上海まで、私のことを心配して来てくれたり、人生の節目節目にはいつも相談に乗ってくれていました。離れて暮らしておりますが、父の思い、私の思いはお互いに十分に分かり合っていたと思います。
 私は昨年父を亡くして以来、心の中にすっぽりと穴が空いたような喪失感に苦しみました。父のことを思い、喪に服する思いで静かに暮らしておりました。そんな時に突然『殉愛』が出版されました。この本を読んでビックリいたしました。闘病日記のようなものかと思っていましたが、あまりに真実からかけ離れた内容ばかりでした。
 この本の中で私は父に金の無心しかしない卑しい娘にされております。真実でない箇所に付箋を貼っていくと本は付箋で埋め尽くされました。

 何よりもショックだったのは父が私のことをどれだけ嫌っていたかということを強調している内容です。この記述は心の底をえぐられるような打撃をわたしに与えました。何も知らない、父に会ったこともない、父の話を聞いたことすらない著者がなんで私と父の大切な大切なつながりを土足で踏みにじるのでしょうか。
 何の必要があり、何をもくろんで私を悪く言わなければならないのでしょうか。私たち親子に会ったこともない著者が、『2人の間には普通の父・娘のような交流はなかった』などと断定することが許されるのでしょうか。

 私は父の闘病中も入院先を知ることができず、死に目に会うこともかないませんでした。たった1人の親が亡くなったのに、看取ることもできず、亡くなってから知らせが来たのです。すぐに父の元に行きましたが、冷たくなった父は何も語りかけて返事をしてくれることはありませんでした。
 父とこのような残酷な別れ方をして、深く傷ついたわたしの心に追い打ちを掛けるように『殉愛』が出版されたのです。かけがえのない父への思いを汚され、わたしの心は張り裂けそうです。このようにねつ造された悪意に満ちたストーリーを25万人もの人が読まされ、誤解するかと思うとわたしはどんな顔をして街を歩けばいいのか途方に暮れて涙が止まりませんでした。
 血のつながった一人娘が、いわれのない仕打ちを受けている今の状況を父と母が知ったら、どれほど悲しむのか、きっと天国から胸が張り裂ける思いで見ていると思います。私は裁判所に救済を求めるしか方策がありません。ぜひこの“ノンフィクション”の発売を止めさせて下さいますようお願い申し上げます。」


で、翌日の明け方に百田先生がつぶやく・・

先日も引用したように、裁判では「全部出すよ!」とおっしゃっていたし・・それほど誇りを大切にして来られたのなら、出版差し止めを求められている「殉愛」の著者として、裁判という公の場で説明しはったらエエのに・・と思う。