13日の晩、実家を訪ね87歳父(独居)と晩ご飯を食べつつ会話。

だらだらしている(ように見える)統合失調症の次兄についつい「ああせなこうせな」と言ってしまうという父。「いつ行っても寝てるな・・」と、これまた私がいつ実家に行ってもぼやく父。この間の家族会、入院している娘に「叱咤激励してしまう」という親御さんと同じだ。

以前書いた手書きのカレンダーの話。
私は次兄が起きてちゃんと座ってカレンダーを書き写す作業ができていることは、心が苦しくて寝込んでいるよりはよほどイイと思っている。あちこちに貼るのも「見たいときに見ることができて便利だから」という次兄なりの理由がある。裏紙を利用するという彼なりの経済観念もある。
だが、父に言わせると「あちこちに貼って、やっぱりオカシイとなる。

先日OD(薬の飲み過ぎ)で病院に連絡、主治医の判断で入院した方がよいことになり、迎えに来てくださるということで準備をしていた。次兄にも「M先生に連絡したら、心配やから入院した方がイイって、薬の影響がなくなるまでの間やし・・」とやんわり説得中にたまたま父がやって来た。
父に事情を説明したらずんずん2階に上がって行き「先生が迎えに来はるから準備せんと!」(薬飲み過ぎで寝てるんやって〜)次兄がぶつぶつ呂律が回らない状態で返事していると父は・・
「どう見てもオカシイやんか、入院せんとアカン!」と言ってしまう。
で、次兄は「寝てるだけやんかっ!何もおかしない!」さらに不機嫌に。
あ〜あ・・である。
ま、結局3週間ほど入院して10月末に家に戻ったんですけどね

話しがそれた。

「寝てばかりいるなら『どうして起きられないか』まず聞いてやったらええねん。そうしたらちゃんと理由も言うし、そこから会話も進む時があるよ。と言う私に・・

まだまだ【受容】できないって・・あの〜87歳、あと何年親やるつもりですかっ

笑うわ。

とは言え・・87歳で変わるのを期待するのが無理ってわかっている。そもそも父は子ども好きではなかったし、次兄も私も子どもの頃父と出かけるのを好まなかった。
母亡き後8年弱、次兄の身の回りのことをやるために通っている父、(対応はイマイチだったろうけど)それだけでもヨシとせねば。
何せ次兄高校生で発症し急性期で大変だった頃「あんな子死んでくれたらいいな」と13〜14歳の私の前で、母に言った父ですから・・あの時の父の表情は、30年以上たった今もハッキリ覚えている。
その頃、次兄がふらりと出て行ってしまってなかなか帰らないこともしばしばあったけど、決まって父は家を片づけ始めて母を嫌がらせた。死んで帰ってくることを期待しているようだと。

家族であっても患者にとって疲れる存在は、離した(離れた)方がイイ場合がある・・と、ある精神科医がツイッターで書いていた。
母亡き後、父はあまり次兄に近付かない方がよかったかもしれないな〜なんて思う。根本的に父が次兄を拒絶する気持ちは変わっていないハズだ。そんな父のイヤイヤオーラを無意識であっても、ずっと次兄も感じていただろう。次兄にはかわいそうなことをした

でも、このブログでも散々書いてきたように、妹である私が次兄をケアする責任はないと思っていたし、私にも次兄を拒絶する気持ちがあったのは事実。
仕事や結婚で次兄と距離を保っていたこの20年近くの時間があったからこそ、今ようやく次兄を支援していこうと心から思えるようになった(と自分に言い聞かせる)。

この世の中に父の愛ってあるのかな?あるんだろうね。少なくとも我が父にはないと思う。

南方熊楠の息子は次兄と同じ病気で、熊楠は息子の名をつぶやきながら亡くなった・・とどこかで読んだ。
おそらく父は息子を受け容れられずに一生を終わることだろう。

大阪城公園の花々
寒椿
十月桜
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コメント

 コメント一覧 (4)

    • 1. 播磨南西部の風
    • 2015年11月15日 10:03
    • ゴーエードーたしかカド番でしたよね?危ない危ない。でもヘボ大関連合に協力させないようにヘボ大関どおしの対戦を千秋楽ではなく7日目に早々と組ませるとは。相撲協会も工夫しましたな。
      勢男前ですね。大関にまで勝ちよった。テルルンもヘボ連合に仲間入りするか?勢ももう2枚番付け上なら初日から全敗コースで横綱、大関にはひとつも勝てんくせに。やっぱり勢は勢いが大事ですなあ。

      ところで我が義父も義弟の病気に無関心で困りました。我々夫婦で関心を持たせるのにかなり苦労しました。義弟も父嫌いでしたし。いまでは義父も毎週面会に通うなど頑張ってくれています。関心持つようにヤイヤイ言っていたのが義父が還暦前後。まだ若くてよかったのかもしれません。うちもまだまだ課題は山積みですが。お互い頑張りましょう。
    • 2. ぽてと
    • 2015年11月15日 16:21
    • 親として反省すべきことと、私自身も自戒していますが、親は自分の子供を、自分の所有物のように、ついつい思ってしまう事がありがちです。
      自分の思い通りにしたいとか、できるものだと思っちゃう。
      思い通りに行かないと不満を持ったりね〜。
      それでも、大抵は、結婚を機に子供への口出しや手出しを止めるのが普通ですが・・。

      お父さんの場合、自立が難しい息子は、いくつになっても5〜6歳の頃の子供に、しつけをする感覚なのですね。
      今になっても、その頃から、感覚が変っていない。
      障害があって、病状によっては、人格に変化があるけど、1人の大人である事を実感できないのですね。

      「父の愛」ですか?
      母性本能はあるけれど、父性本能はないですね。
      愛と言うよりも
      父親にあるとしたら、責任感でしょうか?
    • 3. まめお〜
    • 2015年11月15日 17:18
    • 北磻磨が5敗ですね播磨南西部の風さん

      そ〜か〜相撲協会そういう作戦か〜。GADカド番ですよ。もぉ〜
      テルルも互助会一員ですよね。何場所か前、お菊カド番で7勝7敗で普通にやったらテルル勝ちやろう!と思って見ていたら、コロンって転げましたし。入会済みかい!って感じ
      これからテルル戦GAD、こんなに心配な大関は陥落してしかるべきかも。ホントは嘉風みたいに開眼して欲しいけど。
      おっしゃるとおり、勢には勢いが必要ですね〜。上がって連敗、下がって連勝、わかりやす(笑)

      お義父様が面会に行かれるようになったこと、よかったですね。家族会に行った印象ですけど、ホントみなさんいつか「勝手に」なんとかなると思っていて、何ともならず・・でも「誰か」なんとかして〜って感じなので、少しずつでも関心をお持ちになるのは良いことだと思います。
      うちは、母が亡くなり親が自分しかいなくなって、しょうがなく身の回りの面倒、調子が悪くなれば入院の手配、やってますってだけで、人間性は50代の頃から変わっていません。
      母が亡くなってから、統合失調症関連の本を何冊買ってきたかわかりません。関心はあるけど、次兄のことは受け入れられないのです。そもそも父に期待するのが間違いでした〜期待しないと楽ですね
      ありがとうございます、お互いがんばりましょう

      お、勢キタ〜負けた〜


    • 4. まめ
    • 2015年11月15日 17:44
    • ぽてとさん

      そうなんですね〜母などは多少そういうところあったかもしれません。でも、父はどっちかというと子ども3人それぞれに対して「無関心」だったと思います。会話もない人。
      娘がかわいい父親も世の中にはいるようですが、ウチはそうでもなかったですし(笑)

      両親ともに、いつか治るのでは?なんとかなるのでは?と思って過ごし、いつ頃からか、「なるようになるか」って感じだったのだと思います。
      父は思いがけず母に先立たれ、自分が次兄に向き合わなくてはいけなくなった時に、どうしても「統合失調症」という病気を理解できず(本はたくさん買うけど読まないですからね〜)、だらだらしているように思うし、おっしゃるとおり思いどおりにならないことに不満なのかもしれません(ただ5〜6歳の子供と同じとは感じていないと思いますが(笑))

      そうかぁ。責任感・・・。次兄発症時父は50代前半でした。上に書いたとおり死んで欲しいと思っていたくらいですから(爆)、次兄を拒否する気持ちが大きくすべては母にまかせっきり、逃げたいけどなんとか踏み留まったのは責任感でしょうか
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