イラスト by いちごいちえ さん父。

昭和3年10月生まれ。88歳。

同じ年頃の人や自分より若い人でも杖をついているのに自分は杖なしで歩けることが自慢だった。
(父元気過ぎるゆえのこちらの苦労は→タグ:足腰が元気な米寿はしんどいよ

退職後は20年以上、第九の(素人)合唱団に参加していた。何度か観に行った。

90歳で第の舞台。おととしくらいからその目標を掲げ始めた。

8月6日(日)はその練習の初日(例年8月スタート12月中旬本番)だったのに。

練習予定表も例年どおりの場所に貼っていたのに参加せず

デジカメの写真と買い物レシートからわかったが、まったく違う場所を長時間うろうろした挙句、どこかの店でお酒を飲んで、外で転倒頭を打つ。(→予想していた事態発生

救急搬送、入院日を初日として4日目には車いすに座らされ「服がないと帰れない」と看護師さんに何度も言っていたが、日に日に父の様子が変化しているので、この日記に備忘録として残しておくことにする。

母のすい臓がんの時は期間限定とまぁ予測はついたが、長くなるかもなぁ〜

【6日目】8/11(金)の父
「昨日(=8/10)、家に歩いて帰って来た。近所の人もいはらへんなぁと思ってはるやろし。」
(近所の人誰か出会ったん?)
「出会ってない。」
(洗濯したやろ?→カマかける)
「洗濯・・・記憶が飛んでるわ。」
(ほな今から私が行ってチェックしてくるし)
「行ったら、保険証と(敬老)乗車証持って来て、●●にあるし・・(●●はよくわからなかった)」
(わかった!ほな明日来るしな〜)

●保険証については前日の8月10日に見舞いに行った時にも話が出て、「何ゆうてんのお父ちゃん!もう私持ってるよ、病院に見せなこうやって入院できてへんやん」と言ったが忘れておる。

●同じく前日に敬老乗車証はコケた時に血みどろになったのを私がキレイに拭いたんやで!と言ったが忘れておる。
→転倒してそのまま入院したのだから「●●にあるし」なワケない。

●入院している病院は京都に昔からあり、父もよく知っていて2年前呼吸器内科にも8日間入院。そこに運ばれて入院していることを何度も説明しているが、頭に残らない様子。
それについても「もっと南の病院にいるかと思っていた、頭がボケている」と自分でも前日に言っていたのに、11日には「もっと南の病院」にいることが父の中で確定しているよう。
→そうでないと、家まで歩いて帰れない。見当識障害キテルネ!