父転倒から18日目の8月23日に「リハビリ病棟」のあるH病院へ転院。
しかし、訪問のたびに「ここはどこ?」と聞いても日赤、昨日聞いてもやはり日赤と答える父。

その日赤では詰所の真ん前がトイレ。父でも覚えることができ問題も起きなかったのだが、転院後4人部屋の自分のベッドやトイレの場所が覚えられず。。。
他の患者さんの個室のトイレに何度も入るということがあり(しかも女性、しかも夜)、個室を利用せざるを得なくなった。

こういう病棟なのでイロイロな方がおられますし、お父さんもわざとやっておられるのではないし・・ほんと愛すべきキャラなので心苦しいのですが・・・とは言っていただいたけど。
ハッキリ言って問題爺だ。(問題児ではなく)

辛過ぎる!経済的に・・・

なので、早く次の「サ高住」を契約して、1日でも早く退院を!!!という流れになっている。転ぶまでの毎日の買い物(依存)のおかげで運動能力は年齢にしては極めて高く、握力も両方19圓蕕靴ぁ

うれしくとも何ともない!

受傷【24日目】8/29(火)の父
●あとでちょっと家に帰って荷物整理して来るから電車賃500円くらいくれへんか?
●あとで家に帰るから、持って帰っておくものないか?(3分置きくらいに3〜4回繰り返す)

→たまたま部屋に来た看護師さんに「今日は泊まって行ってくださいねぇ」と定番の返しをされていた(笑)
→H病院から電車賃500円では往復できないです。
●おとついはM(地名)の家に行って来た。
→Mの家は父が退職金で買ったセカンドハウスのことだが、その家は母が亡くなるよりも前(=10年以上前)に売却している。あり得ない話。
→「で、どうやった?」と聞くと、「知らん人がいた」と。そらそうやな。

昨日はリハビリ担当のドクターとも話をしたが、長谷川式認知症スケールでは30点満点中の12点(中程度の認知症)ということだった。上記の「おとついはMの家に行って来た」の話をすると、もしかすると病院を出て行こうとされた時と重なるかも・・とのこと。なんとか出ていく前に捕まえることができたらしい。転倒による脳挫傷等もADL(日常生活動作)の低下に影響しているかもしれないとのこと。
まぁこの数カ月でもかなり「あれれ?」と思うことが増えていたので、お盆休みに長兄と今後のこと相談しようという話になっていた矢先の転倒だったのよね・・。

母がすい臓がんの手術の後、急激に物忘れが進んだりボケたこと言ったりした時はすごく悲しくて泣いたけど、父についてはここ数年間ボケゆく様をずっと見て来たし、現役時代から(酒による)たくさんの失敗も見て来たし、そもそもそれほど父のことを好きではなかったので悲しくはない。
ただ、哀れである。

京都への行き帰りに利用する特急に8月20日からプレミアムカー(有料車両)ができたので、帰りだけ乗っている。座れない時は辛かったのよ〜くったくたやのにぃ。スマホでピッと予約してゆったり座ることができて超ウレシイ

お疲れ!!私
昼間っから飲んでませんよ18時ですよ